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僕達が出したセレクションは 曖昧なOver pains day

村上くんのパーソナルカラーを考える

村上くんはベージュのスーツが死ぬほど似合わない。周知の事実だ。
根本的に顔がかっこいいから基本的に何着てもまぁかっこいいけど、でもせっかくだから似合う服を来てほしい。

というところで気になるのが村上くんのパーソナルカラー。
パーソナルカラーは、肌や瞳、髪の色から4タイプに分けられるというもの。ググると定義や似合う色、セルフ診断など山ほど出てきます。
私自身、カラーコーディネーターとかそういう資格を持っているわけでもないのでググって出てきたいろいろなサイトを見ながら試行錯誤していたのだけど、村上くんのパーソナルカラーについては今ひとつしっくり来ない。自分のはあっという間に分かったのに…。

以下に私の村上くんのパーソナルカラーについての考察をまとめるけど、私みたいな聞きかじりより、もっと詳しい人の見解を知りたい。


私が出した結論:ブルーベース

理由

  • ベージュ(ラクダ色)スーツが致命的に似合わない
  • ピンクのチャリTが似合わなかった
  • 一番似合わない色がツブサニコイ衣装(赤スーツに橙シャツ)
  • 紺スーツが似合う
  • 紫を着こなせる
  • 白Tシャツ、ワイシャツが似合う
  • 原色衣装を着る時は白シャツ挟む方が良く見える

矛盾点

  • 肌色がイエローベース

→地黒ブルベの可能性、ウルトラブルベ横山裕と比較してイエベに見えている可能性

→黒髪×グレースーツがダメ、茶髪×グレースーツなら大丈夫、灰色ニットがもさく見える

  • 黒Tシャツが様になる

→黒髪×黒Tは野暮ったい(2014年の24時間テレビ)、茶髪×黒Tは似合う

“アイドル”って、なんだ? 〜メトロックとMeseMoa.を経て〜

関ジャニ∞、メトロック、お疲れ様でした。
私は留守番組……というか、当日は終日バイトだったのですが、Twitterでいろいろな方々の好意的な感想を見ることができたので良かったです。

ま、それだけだったらわざわざブログの方に書かないんですけど。

普段アイドルに触れない人たちに関ジャニ∞が評価されていく様子は、非常に愉快でした。直前までジャニーズがフェスに出るのかよ、っていう空気があったので。
でも、「もはやアイドルじゃない」「これでジャニーズなんてもったいない」っていう感想を目にして、複雑な気持ちになったんですよね。
きっと関ジャニ∞のパフォーマンスに衝撃を受けて、褒めたい気持ちでそう表現しているのだとは思う。しかし、いちアイドルオタクとしてはどうも素直に喜べない。

「ジャニーズなんてもったいない」という表現には、どうにもジャニーズやアイドルに対する過小評価、ナメられてる感じがしてならないんです。
“アイドル”の音楽は中途半端で子供騙しのまやかしだって、思われていないか?こんな言い方はさすがに卑屈すぎているか。
ナメられている、というか、久々に“趣味マウンティング”を感じた。どんなものが好きか、どんな友達がいるかで格付けされるあの感覚……しばらく忘れたつもりでいたけれど。
ジャニオタ界隈にいても趣味マウンティングは感じますけどね。担当歴長い短いとか先輩G担が後輩G担に先輩風吹かせる…とか。
邦ロック界隈の方々の関ジャニ∞の感想を見ていると、やっぱり普段、無意識的にジャニーズアイドルの音楽を自界隈より下に見てるんだな〜と感じられる文面が散見されました。向こうも向こうで洋楽界隈に下に見られたりいろいろ大変らしいけども。その辺りは詳しくありませんけども。
音楽の良し悪しの感覚は人それぞれだし、私も音楽についての専門的知識もないのでそういう風潮について是非を意見できないけども、なかなか興味深いな〜とは思います。そりゃ内心ムッとはしますけど、結局人によってイチバンは違うし…。

しかし私がアイドルとして日々崇め奉っている関ジャニ∞を「アイドルじゃない」と評するのは面白い。
確かに私も関ジャニ∞を知ってすぐの頃は、バラエティ番組で粉だの水だの全身に浴びてる彼らの姿を見ては、「これ本当にジャニーズなの!?」と驚いたものでした。でもそれは、当時の私にも、ジャニーズアイドルに対する偏見があったからなんだろうな。
じゃあアイドルってなんだ?顔がかっこよければアイドルなのか?って言いたくなるけど、それならイケメン俳優とか2.5次元俳優とかは何でアイドルじゃないの?ってなるし。
歌って踊ればアイドルか?歌って踊れるアイドルじゃない人もいるしなぁ。

私の中で「アイドルって何だ?」と考えるきっかけの一つが先日ブログに書いたMeseMoa.を見たこと。
takamuramagan.hatenablog.com
彼らは「アイドル気取り」を自称していたけれど、いやいや私から見たら全然アイドルだぜ!?と驚いた。
「アイドルじゃない」と評されるグループと「アイドル気取り」を自称するグループをほぼ同タイミングで見て、私の中の“アイドル観”がとてもぐらぐらしている。


アイドルって何なんだろうって考えていくと、私だってなんでバカ高い金使ってわざわざアイドル見に行ってるんだろう〜〜というところまで考えてしまうけども、そこだけは「頑張ってる楽しそうな男の子たちを見たいから」でぶれることはない。
そうだ。少なくとも私は、頑張ってて、とにかく楽しそうな男の子たち集団を見ていたいんだ。それを突き詰めた結果、男性アイドルグループだったんだ。
オタクとしての私の遍歴を顧みても、好きなアイドルは「頑張ってる」「楽しそう」という条件をクリアしていたし、アイドルでなくてもその2つの条件をクリアしているものは好きだった。TEAM NACSと水曜どうでしょうはアイドルじゃないけどずっと好きなのも、この条件をクリアしているからだ。
逆にどんなに顔が好きで楽曲が好きなアイドルでも、どちらかをクリアしていなければ、そこに定着することはなかった(ビジネス仲良し・ビジネスホモについては話長くなるんでちょっと今は言及しないでおきますね…)。
「頑張ってる」と「楽しそう」を両立させるには、なぁなぁな馴れ合いもまた違うと思います。
「楽しそう」を実現するためには、演者が本気でパフォーマンスを楽しんでいるかというのも表れるのではないか、というのはMeseMoa.が教えてくれたこと。

せっかくアイドルグループであるなら、仲良くしてくれたらなーと思います。個人的なエゴですけど。
世間的な“アイドル”の条件としてこの二つはないかもしれない、あっても重きは置かれていないかもしれないけれど、私はこの2つが叶う男の子集団は全部アイドルだと解釈してしまう。たとえ2年に1度しか歌って踊らなくても。
それでその上本気で頑張ってもらえれば、メトロックでの関ジャニ∞のように、新たなる活路を開拓できるかもしれないし。

男だって女だってアイドル戦国時代だし、いまやジャニーズ一強時代でもない。歌って踊って演技も何でもできるマルチアーティストも増えてきていて、LDH方面も日々勢力を強めているこの今、たとえジャニーズで事務所が強くても、ネット展開できない現代特有のデメリットを考慮すると、採用する側にだってジャニーズアイドル以外の同等な選択肢は山ほどある。若い客を呼びたくてもわざわざアイドルを置かなくてもいい時代。その中で生き残っていくとしたら、世間的な“アイドル”イメージままの薄っぺらさでは到底太刀打ちできないはず。でも実力でアイドル界を上り詰めても、「でも“アイドル”でしょ」って扱われる…うーん。
きっとこの色眼鏡が嫌いで、限りなくアイドルに近い業務をしていてもあえて肩書きに“アイドル”とつけないアーティストもいるはず。マーケティング上妥当な判断だと思う。でも同時にやっぱりアイドルオタクとして悲しいものもある。
まぁ私には「アイドルとアイドルオタクの地位を向上させたい!」みたいな大志はないので、アイドルの多様化時代に関ジャニ∞がどこまでロックを極められるか見守っていたい。

あと私はやっぱり関ジャニ∞にロックバンドだけを極めて欲しいわけではない。関ジャム 完全燃SHOW関ジャニ∞クロニクルも関ジャニ∞のジャニ勉も同時にできる関ジャニ∞であってほしいし、3つの個性あふれるグループレギュラー番組を持っているこの現状は非常に恵まれていると思う。どれか捨てても関ジャニ∞ではないとも考えてしまう。


余談ですけども、私が求めるアイドルの条件「楽しそう」を端的に表していて好きなのがこの動画。
portal.nifty.com
おじさんでも精神年齢小5のまんまな集団は本当に面白い。
フィクションでいうと前クールにテレビ東京でやっていたドラマ「バイプレーヤーズ」も、あれも広義のアイドルだと思います。じゃんけんでゴミ出し決めるところとか。
おじさんの本気じゃんけん、サイコーじゃないですか?
おじさんの本気じゃんけんといえばTEAM NACSの第15回公演「悪童」の劇中でもとある事を決めるためにじゃんけんをするシーンがあるのですが、すごく好きですね。
いくつになっても本気でムキになる人は見ていて面白いし、こちらも本気で感情移入できるんです。いや、向こうが本気じゃなきゃ、こっちだって本気になれない。

170512ログ

自分の思考を理解するためのエントリ。
中身はないよ。




なぜ私は関ジャニ∞がメトロックに出ることに気持ちが引っかかっているのか。
今の私の中の結論としては、存分に実力を発揮してきてほしい、というところ。
でもなぜ最初から素直に喜べないんだろう?

チケが既にSOLD OUTしていて自分が行けないから?でも発売中だったとしてもフェスなんて行かなくない?これは違う。
というのでまず浮かんだのが「そもそもエイト担はお呼びでない」というところか?何の為のアウェー現場だと言われれば納得せざるを得ないが、そこに至るまでにエイト担としてのアイデンティティの喪失を一旦味わうことになる。言わば「出禁現場」であるかのように過大解釈をした故の反射的な拒否反応か?
一度理性に落とし込めばアウェー戦をするためのフェス参戦という筋書きは比較的容易に飲み込めるが、遠回しに来るなと言われていると気付くのは感情的につらい。こういったメッセージの気付きではなく、何かしらの絶対的な参戦不可能性に阻まれた方が反発しなかったのか?→フェス参加の当日発表など

関ジャムによる邦ロック界へのある程度のプロモーションは済まされているとしても、邦ロック界隈に「ジャニーズ」に属することだけで下に見る層が存在することへの恐怖畏怖?これはやや後付けか。
ジャニオタは来んなツイが回ってくるようになって、その中でサンドバッグにされている「ジャニオタ」と自分があまりにも掛け離れていて、「ジャニオタ」という肩書きを仮にも持つ自分自身への自信を失ういつもの構図。ジャニオタ来るなっていうのは正常な反応だと思うが、その「仮想ジャニオタ」と私がエイト現場で見る自分自身を含めたリアルジャニオタとの誤差があまりにも大きすぎて、自分はジャニオタとしてこんな格好でスタンスで良いのだろうかと戸惑う。本来はその「仮想ジャニオタ」のような姿をしておくべきなのだろうか?現状の己のスタンスに自信が無いゆえにそちらの方が正典に見える。そんな仮想ジャニオタ現実にいねーよなんて指摘する元気も自信もない。

こういったフェスにおいてジャニオタなぞ招かれざる客であることは百も承知であるが、そこにエイトが出ることで私のようなオタクは不要なのかもしれない、彼らが望んでいるファン像から私はズレているのかもしれないと疑心暗鬼にもなった。やはり彼らのことが大好きで何よりも本命グループだから彼らが望むように私も振る舞いたい。そうなると声が掛かった時以外は身を潜めて黙って謙虚に無欲でいるのが吉か。
私自身がどうであれ外野から見れば私はジャニオタだ。無闇に駆けつければ先日の手塚プロ代表取締役の本音ツイートのように悪印象を与えてしまうケースもあるだろうし実際そのような可能性が懸念されるからこそフェスにおいて招かれざる客なのであろうし。そこにいなくても同じ肩書き共有してるなら連帯責任とされても致し方ないだろう。するなという方が難しい。それがレッテルだ。
四肢じゃ足りないくらい数々の沼に出入りしている節操なしオタクだけどジャニオタならジャニオタらしい格好しておくべきなのかもしれない。他所から見たら私などただの脳みそ足らずなジャニオタの小娘だ。ああ自担が望むオタク像に適わない自分が一番許せない。くだらない思考なんてさっさと潰して大人になって素直に応援すればいいのに。


ということで私にできることは関ジャニ∞に存分に頑張ってもらうだけである。それしかない。待つしかない。発表したんだからやらないなんてことはない。成功するように祈って待つしかない。